
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の千葉代表として、潮見なぎさは全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は海風を切るスピードスター。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、里見義弘の戦術思想を女性人格として再構築した〈里見義弘AI〉。先手を取り海沿いを一気に駆ける、速度重視の機動戦。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
海辺の特設ステージを朝霧が包み、床は薄く濡れていた。潮見なぎさの里見義弘AIは「先手こそ房総の勝機」と予定時刻での強行を主張する。配信の枠を逃せば、視聴者も審査点も減る。なぎさ自身、速さだけは誰にも負けたくなかった。だが袖で転びかけたバックダンサーを見て、開始ボタンを押す手を止める。彼女は一拍ではなく十分待ち、全員で床を拭いた。霧がほどけた瞬間、菜の花色の旗とともに曲が走り出す。最速ではなかった。
それでも誰ひとり欠けずに踏み出した一歩を、なぎさは自分の新しいスタート記録にした。ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、潮見なぎさは里見義弘AIとその日の選択を一つずつ振り返った。義弘AIの速攻へ、なぎさが全員の安全を確認してから進む本当の先駆けを示す。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。千葉の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
千葉篇・了