
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の岐阜代表として、美濃かえでは全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は変化を恐れないブランド戦略家。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、斎藤道三の戦術思想を女性人格として再構築した〈斎藤道三AI〉。名と姿を大胆に変え、古い評価を一度壊して市場を奪う。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
全国配信を前に、美濃かえでの素朴な芸名は弱いと評価された。斎藤道三AIは、過去を脱ぎ捨てるほど人は強くなると、鋭い新名と別人のような衣装を提示する。変わらなければ埋もれる。だが母が縫った古い楓の印まで消した画面を見て、かえでは自分の声まで細くなるのを感じた。彼女は改名を断り、黒い新衣装の襟元にだけ、古い楓と新しい蛇を結んだ紋を置く。本番、その印を指して名を名乗ると、観客が一度で覚えてくれた。過去を捨てる変化ではなく、持ったまま形を変える。かえではその方法で、美濃から天下を覗く。
ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、美濃かえでは斎藤道三AIとその日の選択を一つずつ振り返った。道三AIの変身術を、かえでが過去を捨てず核を強くする自己演出へ変える。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。岐阜の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
岐阜篇・了