
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の岩手代表として、遠野小春は全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は物語を歌に編む語り部。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、南部信直の戦術思想を女性人格として再構築した〈南部信直AI〉。沈黙も配置の一部として使い、聞き手の集中を一点へ集める。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
遠野小春の予選曲は、歌い出す前に八秒の語りがある。南部信直AIは配信データを示し、「無音に近い導入は離脱を招く。太鼓で埋めよ」と命じた。小春は反論できず、リハーサルで語りを外してみる。音は華やかになったのに、曲の主人公がどこから来たのか誰にも分からなくなった。彼女は本番直前、八秒を四秒に縮める代わりに、最後の一文だけは残すと決める。「ここでは、忘れられた声も歌になる」。静まり返った会場で、その声を聞こうと客席が息を止めた。
数字に映らない集中を、小春は初めて信じた。ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、遠野小春は南部信直AIとその日の選択を一つずつ振り返った。信直AIが数字で削ろうとした余白を、小春が物語へ入るための扉に変える。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。岩手の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
岩手篇・了