
西暦20XX年。国民参加型アイドル大会〈PROJECT TENKA〉の長崎代表として、星野マリアは全国大会への切符を受け取った。彼女の役目は異文化を編むクロスオーバー歌手。けれど、求められるのは歌の上手さだけではない。土地の記憶を背負い、観客の支持を集め、47人の頂点に立つことだ。起動した相棒は、大村純忠の戦術思想を女性人格として再構築した〈大村純忠AI〉。外来の新技術を素早く取り入れ、世界へ届く規格へ統一する。を勝利の基本に置くAIは、初対面から彼女の迷いを見抜いていた。
星野マリアの曲には、港で聞いた外国語のリズムと、祖母が口ずさんだ古い子守歌が同居していた。大村純忠AIは海外配信を優先し、曖昧な古旋律を外して現代的な音へ統一せよと求める。マリアは世界へ届く歌に憧れている。それでも子守歌を消した瞬間、曲がどの港から出たのか分からなくなった。彼女は旋律を主役にせず、電子音の下で低く流れるハミングとして残す。本番、異なる言葉のサビの奥から、懐かしい声が何度も帰ってきた。新しい海へ出るために故郷を切り離さない。マリアは二つの音を同じ船に乗せた。
ステージが終わっても、答えが完全に出たわけではない。順位表示を待つ控室で、星野マリアは大村純忠AIとその日の選択を一つずつ振り返った。純忠AIの世界仕様を、マリアが祖母の旋律も同じ船へ乗せる歌に変える。 勝つための策と、守りたい気持ちは、どちらか一方を捨てるものではない。二人が次の戦いへ持ち越したのは、正解ではなく、自分たちで選び直せるという確信だった。長崎の会場を出ると、観客が口ずさむ旋律が夜の町へ続いている。その声を聞いた彼女は、天下統一とは誰かを従わせることではなく、知らなかった土地の物語を互いに歌えるようにすることかもしれない、と初めて思った。
長崎篇・了